得手不得手がある。定常光には強く、ストロボに弱い、スローシャッターは強く、動く被写体には弱い。物撮りには弱く、ポートレートには強い。等等。
それは仕方のないことでもあるし、プロは何でも学んでおかなくてはならないとも思う。知っていて使っている技術も理論がわからず使っているものもある。
いつもやっていることのすぐそばに違う広がりの可能性があったりする。そんなことを整理する必要が段階的にある。その昔新人教育や技術研修といったものはなく、見て盗む、現場でシゴかれる。そういうものがこの業界でもあった。だから私のように下積み11年などという苦節を送ることになる。勿論自分の至らなさは否定できないが、今は違う。乾いた砂が水をどんどん吸収するだろう時期、その時、その時に適正な教育の場は人を一気に伸ばせる。それにようやく気付いたのは遅ればせながら三年程前だった。得手不得手、性格によるマイナス点、組織のスタッフとしての在り方。放置すれば夢半ばに辞めて行くことになり得る課題群を一つ一つ時間をかけて理解してもらうこと、そして初心を改めて強く保たせること。
今日は短いながらも8時間を話し続け、実技を繰り返し、技術を楽しめるように願っていた。生まれた時から出来る人はいない。いつもそう言う。だから学び、会得する。
今回の話のコアはここにあります。
どんな凄いフォトグラファーでも無知で下手な時期はあったはず。どんな過程で挫折や悔しさを味わい、上手くなりたい、その一心で努力をしてきている。だから道が出来るんです。
努力もしないで上手くなれる方法は絶対にない。逆に言い換えれば、努力をすれば上手くなれる。そう思って初心を大切にするんです。
若いカメラマンにはこれからたくさんの夢を持てるように、今、努力を惜しまないようにと見守ります。私は感性豊かなフォトグラファーというより、職人の色が強いカメラマンです。迸る感性で世界を描けるフォトグラファーにはなれそうにありません。でも、上手くなりたいと未だに思います。
二十歳過ぎから努力をし続ける若いカメラマンにはいずれ追い越されるかもしれません。そんな時を実は心待ちに思います。
写真の世界は楽しいものです。思い描いたものが残せた時、誰かから褒めてもらった時、喜びの笑顔を見た時、駆け出しのカメラマンの頑張った後の誇らしげな笑顔、そんな小さな事が私には力になります。
PHOTIC PEER